量子力学への招待

量子力学とは原子などとても小さい物質に関する法則のことです。

原子サイズで起こる現象は量子力学で理解したり予測したりできます。

では身の回りの現象(たとえばリンゴが木から落ちるなど)も全て量子力学で説明できるかというと、そうではありません。沢山の原子が集まった普通の物質のサイズでは「量子力学らしさ」がすっかりかき消されてしまうために量子力学は役立たなくなります。リンゴの落下などの現象は古典力学(別名:ニュートン力学)がちょうど良い法則になります。

逆に、原子サイズの世界は古典力学では説明できないことばかりになります。このようにサイズが違うと量子力学と古典力学は互いに支配力を失って相手に座を明け渡すことになります。その境界となるサイズは大体ナノメートル(10-9m, 1ミリメートルの100万分の1の長さ)程度です。二つの世界の境界でいいとこ取りができるのがナノテクの利点です。

日常生活で最も普通に体験できる量子力学的現象は化学反応です。たとえば生卵から固茹でになるのも化学反応です。これはリンゴの落下とは異なる物質が変化する現象です。他にも、ガスが燃えること、調理すること、また食べものが体内で消化されて肉体を作り替えていくことなど、化学反応は量子力学が支配しています。

そう考えると、量子力学はそれほど縁遠いものではないことも分かると思います。一方で体験の有無は理解しやすさと深い関係があり、イメージの持ちにくさは量子力学を学ぶときのハードルとなっています。初めて食べた料理の味を他人に伝えることや、他人から料理の味を聞いて思い浮かべるのは難しいことですが、量子力学ではさらに深刻な形で「誰も経験したことがない、経験の中に似たものがない」事実が立ちはだかっています。

ちょっと太陽の周りを回る地球の軌道をイメージしてみてください。私たちは原子の中で運動する電子に対しても同じようなイメージを持ちがちですが、量子力学はそのイメージは全く正しくないことを示します(何が起きているかは次回紹介します)。

実際の電子軌道の例。明るい場所に存在する確率が高いと言えるが具体的にどのように動いているかについては何も言えない。

そもそもイメージとは経験の中から描くものですが、「量子力学らしさ」は経験を裏切るものばかりであるため、量子力学は人間が描きうるイメージを拒絶するようなところがあります。たとえば、「電子は粒と波動の両方の見方を絡めることによって運動を予測するが、この波は音波や水面波のような物質的実体ではなく出現確率に関係している何かである」といった具合です。この波動は量子状態と名付けられていますが、日常経験の中に類似物を探すのは困難です。まずは素直に実験が示す不思議な現象の数々と向き合う必要があります。

日常的な経験からは「異常な」量子力学に対して、隠れたメカニズム等の何らかのイメージを持って納得することを「解釈」といいます。パラレルワールド(多世界解釈)などSFのテーマとして比較的浸透しているアイデアもあります。量子波動を精神活動と関連づけるのも解釈の一つと思います。これら解釈は理解の方法の提案であり、実験して確かめられる事実や理論と区別する必要があります。量子力学が解釈の正誤に関わらず実験事実を正しく予測するという意味では解釈不要という意見もあります。量子力学には沢山の解釈があり、意見の統一もないことも興味深いことと思います。

一方で量子干渉、量子トンネリング、量子エンタングルメント(量子もつれ)などは実験的に確認された量子力学的現象につけられている名称です。こちらは事実であり、色々と応用することも可能です。レーザーや量子コンピュータなどの先端技術はこれらの特性を活かしたものです。

このコラムでは、量子力学を知りたい一般の人向けに量子力学的世界の景色をご紹介します。興味のある読者のために量子コンピューターや量子暗号、量子テレポーテーションなどの先端技術に関する話題、量子力学の数式の読み方、量子力学の観測問題などについても順番に触れていきたいと思います。量子力学の解釈については素材としての実験事実を与えることで読者に委ねたいと思いますが、いくつかの有名なもの、興味深いものについては触れたいと思います。

次回: 原子の中の電子 その1 原子はどうやって誰もが認めるものになったか

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