その2 原子の中の電子の不思議

前回は世界が分子や原子、さらには原子核や電子など粒で出きていることに皆が納得した経緯の話をしました。粒だとわかると古典力学(ニュートン力学や電磁気学)を当てはめて考えることができます。


今回は原子内の電子の理解を深めるために、歴史的な見方から離れて具体的な電子の「量子力学的な不思議さ」に目を向けてみましょう。当時の科学者に突きつけられた挑戦状でもあります。

先ず原子が正に帯電した原子核と負に帯電した電子から構成されていることを思い出してください。原子の大きさは0.1ナノメートル(10-10m, 1ミリメートルの1000万分の1の長さ)、その中にある原子核の大きさは、原子のさらに1万分の1くらいです。一方、電子は大きさが把握できないほどに、もっとずっと小さいことだけがわかっています。

つまり原子は「すかすか」です。それでいてこれらすかすかの原子が集まった物質、たとえばダイヤモンドなどはとても硬い物体として存在しています。(不思議1: 原子は「すかすか」なのに硬い)

電気を学んだ人なら、正帯電のものと負帯電のものが引き合うことはご存知でしょう。ではなぜ原子核と電子はくっついてしまわないのでしょうか。(不思議2:原子はつぶれない)


 ちょっと似た状況として地球と月も重力で引き合っていますが衝突しません。月は地球に落ちないのでしょうか?
この場合の答えは「月は地球に落ち続けている」です。

月や人工衛星が飛び去らずに回り続けるのは落ち続けているから。青矢印は飛び去ろうとする動き、赤矢印は落下を表現している。実際には軌道上の各点で両方の矢印が働いている。

ボールを投げると放物線を描いて落ちますが、投げるスピードを増していくと、あるところからボールは人工衛星になります。この時の速度が第一宇宙速度(7.9km/s)です。なお、もしボールの初速度をどんどん上げると楕円軌道になり、やがて地球から離れて飛び去っていきます。この時の速度が第二宇宙速度(11.2km/s)です。月が安定しているのは、地球から見て落ちるほど遅くなく、飛び去っていくほど速くない速度で動いているためです。


以上はもちろん空気による摩擦がない場合の話で、空気があると空気抵抗で失速して落下してしまいます。隕石などが燃えて火球となって見えるのはこの状態です。

A: 第一宇宙速度による円軌道, B: 楕円軌道, C: 第二宇宙速度

なるほど、こんな感じで電子も原子核を回っているのかもしれないと考えたいところですが、話はそれほど単純ではありません。確かにボールや月ならば空気による摩擦のない宇宙空間をこんな風に飛びます。しかし電子が動いているとき、それは電流そのものであり、軌道を回る電子は周回するパルス電流と同じです。ラジオや携帯電話などのアンテナでは、電流を変化させて電波を発信しています、刻々と向きを変えながらパルス電流として動く電子も同様に電波や光を放出します。

実際、真空中を円形軌道に飛ばせた電子ビームから強い光を取り出して実験に使う研究施設があります。気になる人は「SPring-8」で調べてみてください。

SPring-8の仕組み 蓄積リング中を回る電子ビームから接線方向に放射光が放出される

すると電子が原子核を同じように回っているならば、電波や光として電子のエネルギーが逃げていくことになり、電子は失速して原子核に落ちてしまうことになります。しかし現実には原子は安定しており原子から常に光が出ているということもありません。日常的なサイズの世界では見られない何かが原子サイズでは起きているわけです。(不思議3:原子内の電子は運動しても光を放出せずに安定している)

 光に関しても大きな違いがあります。SPring-8では色々な波長が連続的に放出できるのに対して、原子は特定の波長の光のみを放出したり吸収したりします。人間の肉眼で見える範囲では4色のみが吸収されます。なぜ同じ電子なのにSPring-8と原子では全く違う結果になるのでしょうか?(不思議4:原子から出入りする光は決まった「とびとび」の波長のみとなる)

水素原子による吸収スペクトル(可視光領域)

原子は原子価(化学結合をする手の本数)が決まっており、メタンは正四面体型、水は「くの字型」、二酸化炭素は直線型と幾何学的な立体構造を持ちます。そもそも原子同士がどのように結合するのかについて、衛星軌道のようなシンプルなアイデアは無力です。(不思議5:原子は立体構造を持ち互いに決まった角度で化学結合する)

左からメタン、水、二酸化炭素の分子構造

以上をまとめると次のようになります。


• 原子は「すかすか」なのに固く安定な構造を保っている
• 原子の中の電子は原子核につぶれずにいられるため、軌道上を運動していると考えられる。
• 日常生活の大きさでは電子は円周軌道を運動する時に光を放出するが、原子内では電子は光を出さずにこの運動を安定に行うことができる。
• 何らかの理由で光が原子から放出・吸収される時には決まった波長のみで行われる
• 電子の運動の結果として原子には立体的な構造が存在し、原子同士は化学結合する。

 量子力学はこれらの不思議に関していくつかの単純なルールで説明します。前置きが長くなりましたが、いよいよ量子力学に従って原子内の電子の軌道について説明します。

次回: 原子の中の電子 その3 量子力学から見た電子軌道

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